ラッカセイ(落花生)

チェリー号船頭

2012年10月06日 00:10

ラッカセイ(落花生)

名古屋市中川区中郷1丁目で



byチェリー号船頭の花日記
ラッカセイ(落花生)は、マメ科ラッカセイ属の一年草。
別名はナンキンマメ(南京豆)、方言名は地豆(ぢまめ、ジーマーミ)、唐人豆(とうじんまめ)、異人豆(いじんまめ)など。
中国語は花生。
福建語・台湾語は土豆。
英語名のピーナッツ、peanutは日本では食用とする種子を指す場合が多い。
特徴
南米原産で東アジアを経由して、江戸時代に日本に持ち込まれたと言われている。
日本では主に食用として栽培されている。
草丈は25-50cm。夏に黄色の花を咲かせる。
受粉後、数日経つと子房柄(子房と花托との間の部分)が伸びて地中に潜り込み、子房の部分が膨らんで結実する。
地中で実を作ることからラッカセイの名前が付けられた。
栽培史
ラッカセイの原産地が南アメリカ大陸であることは確実である。
最も古い出土品は、紀元前850年ころのペルー、リマ近郊の遺跡から見つかっている。
その後、メキシコには紀元前3世紀までに伝わっていた。
南アメリカ以外の世界にラッカセイの栽培が広がったのは16世紀である。
日本で最初に栽培されたのは神奈川県の大磯町である。
西アフリカ-ブラジル間の奴隷貿易を維持するためにラッカセイが用いられ、そのまま西アフリカ、南アフリカに栽培地が広がっていく。
ほぼ同時期にスペインへ伝わったラッカセイは南ヨーロッパ、北アフリカへと渡っていく。
さらにインドネシア、フィリピンへの持ち込みもほぼ同時期である。
現在の大栽培地インドへは19世紀と比較的導入が遅かった。
日本には東アジア経由で1706年にラッカセイが伝来し、南京豆と呼ばれた。
現在の栽培種はこの南京豆ではなく、明治維新以降に導入された品種である。
花言葉 仲良し. 楽しみ.
byチェリー号船頭の花日記

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